治験の依頼
治験の依頼
話は遡り2003 年のこと、乳腺クリニックのS 先生から「治験をやってもらえませんか」
と電話がありました。
伺って話を聞きますと、乳癌で骨転位(IV 期)の女性(80 代後半)に使いたいです。その患者のプロフィールは老人性痴呆を伴うパーキンソン氏病を煩い、食事はチューブで入れている。
ホルモン剤を使ってみたが全く反応しない、骨転位痛は無い。但し、乳癌が皮膚を自潰し外に4cm 飛び出している、皮膚リンパ管症で胸部全体が赤く炎症を起こしています。
S 先生がご自身で撮影した画像をデジカメのモニターで見せて戴いた時「えっ、炎症性乳癌なんですか」と言ってしまいました。S 先生は「カメラのモニターが小さくて分かりづらいと思うけど、これは皮膚リンパ管症なんですよ。そしてこの部分が皮膚に飛び出していて、凄い臭いなんだ」
生きている人の乳房から腫瘍が飛び出して、しかもそれが腐った臭いを放っている。それが現実なのだが小さなデジカメのモニターからは感じ取ることはできませんでした。
幸いにも老人性痴呆のために自身の状況が分からないのは良かったと思います。
「それでね。抗癌剤できる体力はありませんし、ホルモン剤も無効だったのだけど、何もしないのは可哀想だから駄目元でサプリを使ってみようかと思うんだけど、費用は払えないから治験にしてくれないかな」とS 先生。
骨転位痛が起きては困りますので、開発中のβの処方のものを使うことにしました。
「食事がチューブと言うことですからほぼ液状なんでしょうから、そこに1 回6 個分のカプセルを外して混ぜて飲ませてください。」
それから、毎月1 回訪院し28 日分を持参することになりました。2 ヶ月経った時にS 先生は
「凄いよ、皮膚リンパ管症が消えて、外に飛び出していた腫瘍は半分の2cm になったよ。しかも、全く臭わないんだ」
と普段から落ち着いた話し方をするS 先生にしては珍しく驚きを隠せない話し方でした。
しかし、翌々月には更に驚く話が持ち上がりました。
「あの患者さんなんだけど、自分の口で食べたいって言い出して食べるようになったんだ。」と聞かされました。
その後、患者さんは誤嚥性肺炎を起こしたことが分かりました。
結局、患者は乳癌では無く誤嚥性肺炎のために亡くなられたてしまったのでした。
その時持参した28 日分はそのままS 先生に預けたままでした。
8 年後平成22 年2 月に再度S 先生から呼び出されて分かったことですが、8 年前にS 先生のお父様が肝臓癌と分かり、大学の医局に残った先輩に頼んで手術して貰いましたが、2ヶ月後に再発してしまいました。アドリアも使ってみたがビクともしないので困った時に「そうだ、これが残っているから呑ませてみようと」思いついたそうです。
「それで、消えたんだよ」
S 先生は何を言っているのか理解できませんでした。
「先生、あの時は4 週分しか無かったはずです。たった4 週でなんて信じられません」
「でも、消えたんだ」
「それで・・」と恐る恐る言葉を続けました。
「お父様はどうなさっているのですか?」
「今でもゴルフを誘いに来るよ。」
「おまえ、あの時1 打余計に打っただろうと頭もしっかりして・・・」
「えっ、生きてるの」言いそうになり言葉を呑みました。
※その後寛解維持のために化学療法は行ったそうです。
まるで温厚なS 先生がインチキサプリメント業者で私達がそれに騙される消費者の様で立場が逆に思えて可笑しくなりました。
「それでね、今日来て貰ったのは家内の父親が末期の食道癌で何も治療が出来ないと分かった時に思い出してね・・・」
同席されていた奥様から状況を伺いました。やはり、食道癌だから通過障害があります。
「それではカプセルは無理ですよね、液体なら飲めますか?」
その問いに対して「食事の時は隣にバケツを置いて、食べては吐いての繰り返しで体重も減ってきました。」
「う~ん、液体にしてもその状況でどこまで腸に達するかは疑問ですね。でも、駄目元で治験でやってみましょう」と話は決まりました。
※ここでも「治験」は医薬品の治験とは違い医師の依頼等で無料でサプリメントを提供することです。医師との会話で「治験」=「無料」となることの意味です。
2 年2 ヶ月後の平成24 年4 月迄、食道癌の進行はピタッと止まった状態だったS 先生も仰いましたが、栄養状態が悪く次第に痩せて行かれ最後は老衰の様に亡くなったそうです。その間、癌の痛みや苦しみは全くなかったそうです。
S 先生の奥様からも「食べては吐いての繰り返しでしたけど、少しずつ痩せ細り老衰のように、まるでローソクの炎が消えて行くような最後で家族としても幸せだった」と言われていました。
手術不能な進行食道癌の場合は余命は半年あるか無いか程度のはずですが、無治療で2年以上も進行が止まったままと言うのも珍しいことだと思います。
ただ、この件でS 先生からお礼と称して10 万円戴きました。それをNPO のパソコン購入に充てることが出来ました。
サプリが良かったのか、無治療の選択が良かったのかはエビデンスがありませんから未だに不明のままです。
その後の2013 年11 月に、S 先生のお母様が手術不能な肺腺癌(右下葉原発、縦隔リンパ節転移、胸膜播種、骨転移cT1bN3M1b stageIV)と分かり治験提供しましたが、一時は採血検査で改善傾向が見られましたが、その後、進行を抑えることは出来ませんでした。
S 先生から戴いたCT を見ても4 月には右肺尖部が腫瘍で埋まっていて、左右の肺底部は胸膜播種が大きくなっていました。
半年後の2014 年5 月、S 先生から電話がありました。「明日は来てくれるんだって、楽しみに待ってるからと元気そうに母から電話が有ったのですが、母の元に行ってから急変してしまい、翌日に息を引き取りました。」
アリムタ少量単独使用もS 先生に提案しましたが、77 歳後半の年齢で化学療法は無理とS 先生は選択されませんでした。
おそらく、消化器外科医であり乳腺外科医の経験から、延命のために辛い治療を押しつけるのが本人のためなのか家族のエゴなのか悩まれたであろうことは推測されます。
悩んだあげくの結論が無治療だったのでしょう。
でも、もし私の母親だったら、「アリムタ+シスプラチンでもたいして延命効果が無いのに、半分なんて、そんな無駄なことはしない方が良い」と言われても半量のアリムタ使用を主治医に懇願すると思います。
「効果は期待できませんが、副作用が少ないことだけはあり得る」そんな治療選択が有っても良いと思います。
今まで、そんなあり得ない治療で良くなって来た人を見てきたからです。
私の中では膵臓癌や卵巣癌よりも肺非小細胞癌が一番の強敵で恐ろしいと思っています。